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みん友さんのお陰でメンテナス記事もかけて、リアルお友達もたくさんできました!
プローバカウンタックは、1984年から1990年まで製造されました。この期間は、前期型と後期型に分けられます。

前期型は、1984年から1987年まで製造されました。この期間は、5.0L シボレー V8 エンジンを搭載し、アルピーヌルノー製の4速マニュアルトランスミッションを組み合わせていました。

後期型は、1988年から1990年まで製造されました。この期間は、3.5L ローバー V8 エンジンを搭載し、ZF製の5速マニュアルトランスミッションを組み合わせていました。


プローバカウンタックは、その卓越したパフォーマンスとスタイリングで、日本のスーパーカーブームの先駆けとなったモデルです。前期型と後期型で異なるエンジンとトランスミッションを搭載していましたが、いずれもカウンタックのパフォーマンスとハンドリングを支える重要なコンポーネントでした。

後期型初期はSUキャブでもエアクリーナーがコブラヘッド呼ばれるミニクーパーレース用の大きな物が装着されているのは見ました。小生のプローバーはSUキャブ2連の単体クリーナー2個でした。

小生の所有プローバカウンタックは1996年に日本に輸入され登録されています。そう考えると今年で所有23年、UKに在有時代が6年としたら後期初期であれば31年物、最終型であれば29年物と判断できます。
私は中学1年の夏に親友の実家淡路島にある民宿経営しているご親戚の親御さんの息子さん(当時大学生)のお兄さんが弾いていたアコギで井上陽水さんの紙飛行機に衝撃を受けギターにはまりました。

当時はあまりアコギって専門ショップがなくて、商店街のレコード販売店で数本展示販売していました。クラシックギターをお小遣いで購入し一生懸命練習したんですがなかなかうまく弾き事が出来ませんでした。たまたま当時、その商店街の一角にクラシックギター教室があって速攻で入門し1年くらい受講しました。

しかしこのギターの扱い演奏は自分のスタイルでないと思い退所し、独自で勉強し、クラシックギターからフォークギターにアップグレードし一番最初に購入したのがヤマキ製のW-200 (D-35 コピーモデル)でめちゃめちゃ頑張りました。

フォークギターに変えて3か月くらいから自分で作詞作曲できるまで、、、自称シンガーソングライター気取りで当時は珍しく路上パフォーマーしていました(笑)

中学2年でその親友君と2人でディオを組み中学の音楽の先生に頼み込んで音楽の時間にミニコンサートをさせてもらったりしていました。それを見て自分も参加したいメンバーが増え、中学3年生の時は受験勉強そっちのけで路上で演奏していました。


高校に入学して皆高校はバラバラでしたが4人が残り女性ヴォーカル1人のギター3人でたまに呼ばれれば演奏会に行くようになりました。私は3人編成のギターアレンジも行うようになり、、、譜面も読めないのに結構無茶していましたが結構演奏すると受けてたみたいです。もちろんノーギャラで。。。(笑)町会のイベントが多かったかな?当時はイルカさんやかぐや姫、アリスが全盛で、フォークソング全盛でした。

高校は体育会系の学校だったんで軽音楽部もフォークソングもありませんでした。文化祭1回目は、有志を集めて教室を借り切ってフォーク小屋を設立し頑張りました。2年目はバンドもできるよう2つ教室をかりフォーク小屋とロック小屋を設立。その後ロックのメンバーが人数が多かったので軽音楽部が設立できましたが私は参加しませんでした。やっぱアコギにこだわっていましたので、3回目の文化祭は1時間体育館を貸し切ってミニコンサートを行い、ロック小屋のメンバーも参加し、発表の場を設けることができ、ロック小屋は正式にクラブとして認められ、フォーク小屋は吸収されました。

この中学2年間と高校3年間で使用していたのがヤマキのW-200で結構ボロボロになっていました。(T_T)

青春時代はヤマキと一緒に駆け抜けた良い時代だったかな・・・

ヤマキって使用していくと音が柔らかうなっていくように思いました。ふつうは乾いてドン・シャリーンって音がするのでしょうが、湿気ではなく少し籠った感じですが、中音域の伸びが良かったです。他のヤマキも何台か弾かしてもらったのですが、大体似たような音でした。高3時代にもう1台サブ、またはメインで使用するギター探しているとき、当時は結構ギター専門店が増えてきて何本が弾いて決めたのがモーリスW-100でした。

後で知ったのですがヤマキとモーリス、プロマーチンでOEM製造をしていたみたいです。

ネットで調べると、、、、


Canyon(グランド・キャニオン)はヤマキ楽器製ではなく、正式には「スガノ楽器」製造のアコースティック・ギターです。Canyonは当時直販方式で急速にシェアを広げていた「トミー商会」からリリースされていた「スガノ楽器」製造によるブランドです。

ただし、全てのCanyon製品がスガノ楽器で製造されていたかと言うと、ヤマキ楽器ならではの独特なシリアルナンバーをもつ製品がミドルクラス相当の製品(トミー商会取扱製品中では上級モデル)に見られることから、恐らくトップ単板仕様以上の製品に関してはヤマキ楽器が製造していたと思われます。ヤマキ「W-500」とほぼ同等製品が「GW650」としてトミー商会のトムソン・ブランドからリリースされていたことも関連事項として上げられるでしょう。

スガノ楽器は、Pro Martin(プロ・マーチン)ブランドの製造元ながら、のちに設立に際しての販売親元である「東京楽器」の横領事件等にまつわる倒産により販売経路に苦慮し、トミー商会に落ち着いた経緯があります。2割~3割引きは当たり前といった直販方式の強みを活かしたトミー商会への供給メーカーを担い、それまでの得意分野である普及価格帯に特化したPro MartinとCanyonの両製品を供給しつつも、ミドルクラスの製品はヤマキ楽器がサポートしていたのではないでしょうか。

この後、Pro Martinは名工・田原良平(ジャンボ・ブランドの田原楽器創設者)氏の技術指導を仰ぎ、高級手工品をラインナップさせたハンドクラフト・シリーズを打ち出すまでに急成長を遂げますが、田原楽器・田原良平氏にしてもヤマキ楽器・寺平一幸氏にしても、スガノ楽器の原田荘一郎氏とは全音ギター製作所時代の同窓であるという絆に結ばれていればこその信頼関係である様に思えます。

こうゆう絡んだ時代に作られたアコギって、、、ジャンビンテージって呼ばれています。

アメリカ製マーチン、ギブソン、オベーションより良い物を、同等品以上のものを制作したい、皆に良い品質のものを提供したいというコンセプトで。。。

さて36台目のアコースティックギターですが。。。。

ヘッドマークが少し変わったマークで今まで見たことがない。リサイクルショップの一番奥のジャンクコーナーで、、、、このマークが目に留まり、、、一瞬



欲しい!


けど、、、もう買ってくるなと嫁に言われているし、、、、頭を冷やすために


店内1周してまだ欲しかったら、、、、なんて考えちたら。。。


買って~~連れて帰って。。。。って!後ろから聞こえました!





連れて帰りました。。。2000円で、、、、(笑)


明日の日曜日に身体検査して回収する予定です。



プローバ君のショックアブソーバーの目処が立ちましたので、、、、もう少しプローバ君の組成部品詳細を色々調べてみました。特にエンジンとミッションについてはいろいろのタイプがあったりと自分の車はどうなっているのか気になっていました。

プローバ社の前期仕様のエンジンは5000ccのシボレーV8エンジンブロックにアルピーヌルノーミッション4速となっています。後期は3520ccのV8ローバー(旧型ディフェンダー)エンジンブロックにアルピーヌルノーミッション5速となっています。ここである嫌いなショップ(あることでメンテしなくなりました)の社長が言っていた話ですが、、、「プローバカウンタックのミッションはデロリアンと同じアルピーヌルノーミッションだね・・・・」もしそうだとしてもエンジンブロックになぜローバー製が???どうしてアルピーヌの名前が付いて、ルノーブロックでないのか??と言う疑問が沸きました。おそらく何かしらの関係があるのかと調べてみると、、、ありました。

ヒントはデロリアンにありました。もともとルノーエンジンは欧州車のいろいろなクルマに採用されています。ルノーの創設者ルイ・ルノーは現在のプロペラシャフト式フロントエンジン・リアドライブ方式(FR)の原型である「ダイレクト・ドライブ・システム」を発明しました。この斬新な機構でルイ・ルノーは1899年にフランス特許を取得、ほどなくフランス中の自動車会社に特許販売されることとなり、1914年に特許が切れるまでの間に当時の金額で数百万フランを越える莫大な特許料がルノーに転がり込みました。

当時はプジョーと2台自動車メーカーであったがこの特許と開発があいまり、戦後のいろんなタイプのミッション開発にも役に立ちました。ある時期ルノーエンジンはプジョー・ルノー・ボルボが乗用車用に共同開発したPRV(頭文字1字からエンジンをとったV 型6気筒SOHC 2,849ccで、PRVエンジンは、1974年から1998年まで外販販売された。レイアウトはRR(←ここがポイント)で開発がされた。アメリカDMC社が開発費用削減で採用した5段 マニュアル縦置き「タイプ369」はアルピーヌ・A310 V6とデロリアン・DMC-12に採用された記録が残っているます。
当時のイギリスでは初期プローバのエンジンブロックはシボレーV8 5000ccと汎用でPRVのミッション長さがジャストサイズと接合するミッションブロックが厚く2次加工しても強度が保てる事から採用されました。アメリカ製のエンジンブロックはイギリス国内では手に入りにくくなり苦肉の策で、後期モデルはイギリス国内で手に入りやすかったローバーのOHVブロックをジョイントさせて完成させました。よって後期エンジンはローバーV8 3520ccのエンジンブロックにPRVミッション5段 マニュアル縦置き「タイプ369」で30台程度OEMビルダーに生産されヨーロッパ地区(イギリス、ドイツ、イタリア)に流れた模様です。北米向けはドイツやニュージーランドで組み立てられ船で輸送した記録が残っているみたいです。またメンテナンスやOEM組み立てユーロワークス(フロリダ)で行われ、テキサスにあるDMC社と関連した共用パーツになったみたいですね。

まとめですが、、、、
デロリアンのミッションはPRVの汎用ミッションでRR仕様が採用された
ルノーミッションであるゆえ、日産からミッションパーツに関して購入することが可能。
PRVのミッションはエンジンブロックとしてプジョー、ルノー、ボルボの特定に共用適合する。
DMC社の再建会社(DMCモータース)でミッションは新品で購入可能。

まだまだ生き残れるか。。。プローバ・・・・????
製造会社 Prova Designs Ltd
生産国 イギリス Unit 11B/Olive Mill, Olive Lane 現在は倒産し会社はありません
車種名 プローバカウンタック <プローバ社製カウンタック>

プローバカウンタックってご存知でしょうか?日本のTVでは1995年ごろイギリスのキットカーの特集番組で紹介されたの初めてです。

プローバデザイン社のキットカーは、主にイギリス、ドイツ、北米向けを狙った個人向けカスタムキットカーで、日本国内でも10台くらいしか生存していません。ほとんどはイギリスからの輸入車です。少ない資料から翻訳を交えて紹介させていただきます。

80年代後半、、、プローバデザイン社はイギリスのキットカーのメーカーとしてDarwen city UKに設立した小さなレストア会社です。主に行っていた事業はイタリアから輸出されたランボルギーニ社のウラッコ、ミウラ、カウンタック等のイギリス向けの輸出国での修理や、イギリス製FRPボディのロータスヨーロッパやオールドレンジローバーのカスタム、修理やレストア行っていました。

プローバデザイン社の工員の中にはランボルギーニで働いていた社員(ボディー組み立てを行っていた)もおり、そこでプローバ社は自分たちの技術を利用し、イタリアのランボルギーニ社のミウラやカウンタックの実車からFRPで型取りコピーし、同じパイプ製法(専用冶具でのパイプフレーム)で組み立てキットを販売する方針を打ちたてました。比較的意匠権の甘いイギリスならではの商売でしょうか?

プローバデザイン社はランボルギーニと同じ製法のパイプ式フレームの冶具を作れる工員とFRPで修理や成型できる技術を融合し、ミウラの外装を丸ごとFRPコピーし、パイプフレーム作成し、その他、周辺の内装部品やオプションのパーツなどはランボルギーニ社の本物のウインドガラスやメーター、スイッチなど本物部品を使用し、パッケージキットとして販売を開始しました。

しかし当時はまだ個人で組み立てる技術には無理があった様で、キットの注文をもらっても組み立てできない個人ユーザーもいることから、プローバ社が組み立ての下請け工場を数社選定し、運営していました。北米向けミラージュ(UK)、北欧向けはシエナ(ドイツ)、後にプローバ直系のブライトウエル(UK)を紹介し、販売する事になりました。ミラージュとシエナは左ハンドルを製造し、ブライトウエルは右ハンドルを製造していました。

2000年ごろ、プローバ社倒産後、下請け会社に型が渡り、ミラージュ、シエナでの製造販売、ブライトウエルは連鎖倒産、、、またそこから外装の型が流れて、コピーが行われ、シェイカー(オーストラリア販売代理店)、カウンテス(オーストラリア製造元)、ユーロワークス(USA)、で完成車のみの販売を行っていました。現在はカウンテス社とユーロワークスのみ営業しているみたいですが、輸入安全規制で日本国内には輸入は出来ないみたいです。ユーロワークスはカウンタックのレプリカホイール(カンパニョロ、OZレーシング)のレプリカも販売しています。

車としての完成度は、本家のカウンタック500S、クアトロ5000の外装をコピーし、本家と同じパイプフレームで立ち上げ、エンジンレイアウトも本物と同じ様にミッション逆置きで作られています。プローバデザイン社のキットでは1994年までに製造された前期(イタリア製カウンタック500Sのコピー)と後期(北米向けクワトロ5000S) 1995年~1996年製造があり、前期はエンジンブロックがシェビーV8 5000ccアルピーヌルV6ターボのミッション逆置き4速、後期レンジローバーV8 3520cc アルピーヌルノーミッション逆置き5速が世に送り出されています。私が所有しているプローバは後期のおそらく最後に日本に輸入された1996年輸入の固体みたいです。

プローバデザイン社カウンタックは、スーパーセブンのように部品一式が送られてきて、自分で組み立てて乗る製品です。とにかく本物そっくりです。ガルウイングドアの取り付けのヒンジまで同じです。パッケージで組み立てると基本的に、本物と同じに出来るのですが、作ったビルダーの指向や制作技術レベルによって現存する完成車のレベルは様々です。

なかにはエンジンパワーバルジの上にFRPが落ちてこないように橋桁のように柱がついている物もありましたし、左右対称でない物もありました。

ドアがちゃんと閉まっていないものは、閉めたときに下から見るとずれているのが解ります。これを直すのは以外と難しくてここがいやで手放す人も少なくないようです。またバキューム式のリトラクタブルライトがちゃんとスムーズにポップアップしない個体もあります。

プローバデザイン社の下請けで製造された固体は、内装を仕上げるのが苦手なビルダーの方もいるようで、一見どれも本物と同じ内装なのですが、質感というか、仕上げというか、作りは様々で個性?が出ているみたいです。日本で中古車として販売PR写真では本物に似たような物なのに、乗ってみると全くの別物のような錯覚を感じることがあるみたいです。プローバカウンタックを買う人は内装の善し悪しで所有する喜びがずいぶん違いますから、悩むときは運転席に座って悩むと良いかも知れません(笑)。しかし既に売約済みになっている場合があるみたいです。

プローバカウンタックを見分けるにはシフトゲートを見ると速いです。
本物との見分けの付き方は、一般的にこのシフトゲートの有無とトランクとエンジンフードのオープナーの場所のようです(エンジンフードを開けたり、下からのぞき込んでミッションを見てもばれますが)が、オープナーはフィアットX1/9のものと同じですので、こだわって流用してついている固体もあります。オープナーは運転席側にはサイドシェルにあり、エンジンフードとフロントトランクで、助手席側のサイドシェルにはリアトランクのオープナーのある無しで判断できます。

プローバデザイン社のカウンタックには前期型(イタリア仕様500S)後期型(イタリア仕様88クワトロ)があり、後期型はシフトリンクゲージがミッションカバーから後ろにつきだしていたり、前期型はラジエターが片方だけだとか、色々な仕様があるみたいです。

                   最後まで読んでいただきありがとうございます。


参考資料(ネット検索およびオーナー、販売会社様より)
レプリカ製造会社情報 ネットより
プローバデザインインク(UK) Prova Designs Ltd
ブライトウエル社(UK) Brightwheel replicas
ミラージュ社(UK) Mirage replicas タイプSプローバ タイプKフィエロ
シエナ社(ドイツ) Sienna Cars
シェイカー社(オーストラリア) 販売会社 Countess Mouldings社
ユーロワークス(USA)ミラージュの型で製造 ブラボー、カンパのレプリカホイールカが有名

その他独自のレプリカカウンタック(販売会社からの情報)
ポンティアックフィエロのカウンタック(USA) フロリダ地区の製造
アメリカン・ファイバーグラス社製(USA) ボディーのみの販売
ノーブル社製(UK) LP400(ペリコ付き) やミウラのコピーボディの販売

みんカラ友からの所有者情報
黒カウンテス様  NG製カウンテス黒色を所有
Countachn様   NG製カウンテスガンメタ色を所有
ファラ王様    USA製フィエロカウンタック赤色を所有
ドーベル様   USA製フィエロベースアニバーサリー赤色を所有
レプリカ欲しい様 USA製フィエロベーステスタロッサ赤色を所有
ゆきこ姫様  USA製フィエロカウンタック赤色を所有
Ezapon様  NG製カウンテス黄色を所有
Maronco様   USA製フィエロベースアニバーサリー赤色を所有

プローバ社カウンタック国内生存情報
福岡県 初期型1台  大分県 初期型1台  愛媛県 初期型1台 大阪府 後期型1台
愛知県後期型2台(1台はブライトウエル社) 静岡県 後期型 1台 東京都 前期型 1台 
埼玉県 前期型(エンジン換装) 1台

カウンテス生存情報
愛媛県 白 1台  岡山県 黒1台  埼玉県 黒1台  福島県 ガンメタ1台
Re:PROVA COUNTACH ご紹介 [ mono ] 2015/03/30 16:54:13
勉強になりました♪
たくさん友達が出来ました。ある方が主催しているオフ会に勇気を出して、初めて参加した堺浜の1月、、、2月の堺浜 3月の神戸・・・もう3回も参加(笑)

今まではレプリカカーだけで細々と運営、すすめていましたが、、、、お友達の枠もリアルにお会いできた方を中心に承認しました。

主催者様の運営方法に共鳴できなかったら。。。。今まで見たいな保守的になっていたしょう。

そう車好きで、いろいろ他人様の車をたくさん見れるって、、、勉強にもなるし、アイデアの宝庫なんですね。

この年でまた新しいお友達が出来るって、、、、すばらしい集まりだと思います。

あくまでも個人主観ですが。。。。もちろん合わない方もいますから・・・
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