毎年開かれる「ジープの機能美展」に今年もお邪魔しました。楽しくていつも長居をしてしまうのですが、なかでも感心した車両を2台だけ紹介します。
カイザーM274A4(1960)
これ以上シンプルなクルマを見たことがありません。長方形の荷台の端にドライバーズシートがひとつ。その下にバルーンのようなタイヤが4つ。リアに必要最小限のエンジン。0.5トンの荷物を運ぶことができるそうで、用途はもちろん、戦地での兵器(小火器?)輸送など。向こうでは「military mule」「mechanical mule」、つまり「軍用ラバ」「機械ラバ」などと呼ばれているそうです。どんなエンジンを積んでいるのか聞き忘れたのですが(というよりそれほど重要じゃないと思った)、最大積載量に合わせたスペックなのでしょう。
見たとおり4WSです。また直結4WDのため、グリップの低いタイヤで逃しているようです。サスペンションはありません。一方で最低地上高を稼ぐためにハブリダクションを採用しています。長方形の荷台からはみ出す感じでペダルやステアリングホイールなどの操作系が配置されていますが、なんと通常は荷台の上にあるシートを、ステアリングホイールなどと同様に荷台の外にはみ出すようにも設置でき、その分積荷を増やすこともできるとか。その場合、後ろを向いて運転しなければならないようですが、まあバックさせればよいのでしょう。
ミリタリーものは、当然ながら乗用車とは用途が異なり、快適性の優先度は低く、効率や修理のしやすさなどが優先されるので、プリミティブな部分とハイスペックな部分が、乗用車の感覚で言うといびつに混在していて、面白いです。ちなみに、カイザーとは「ジープ」ブランドを1953年にウィリスから購入し、70年にAMCへ売却したアメリカのメーカー。今でこそジープ=クライスラーですが、同社は87年にAMCを吸収してからのことですから結構最近なんですね。
フォルクスワーゲンTyp82(1943)
第二次世界大戦中に活躍した、いわゆる「キューベルワーゲン」。同じ頃に開発されていたタイプ1(ビートル)を元にミリタリースペックにしたクルマです。つまり、フェルディナント・ポルシェらの設計です。軍用車なので大量生産の必要があるため、ジープほどではありませんが、シンプルなボディパネルが使われていますね。
これがドイツ人にとってのジープだったわけですが、面白いのは4WDではなく、RRであること。4WDであることよりも軽量であることのほうが重要という考え方で、実際、ハブリダクションなどによって最低地上高が確保されているほか、リアエンジンで十分にトラクションが確保されていたため、結構な悪路走破性を誇ったとか。細いタイヤはむしろグリップを高めるためでしょう。
インテリア(半分外ですが)を見てください。フロントシートバックからレザー製のホルダーのようなものが4つ付いていますが、これなんだかわかりますか? フロアにもう少し大きなホルダーが見えますが、これがヒント。正解はライフルホルダーです。軍用車ですねぇ。ジープやこのクルマなど、軍用車はフロントシールドを前へ倒すことができますが、これは開放感を楽しむためではなく、なるべく低い体勢で敵に見つかりにくくするためだったり、車両そのものを上下に重ねて効率的に運ぶためだったりするほか、銃を撃ちやすくするためでもあるのです。リアシートにマシンガンの銃座がついた車両も時折見かけますが、その場合にもシールドは邪魔なだけですね。
ちなみに、毎年この展覧会を開く石川雄一さんのご家族が、ある時石川さんのジープで走っていると、対向車線から同じようなジープが走ってきたそうです。すれ違う際、対向車線のジープ乗りは怒ったような顔つきで手をバタバタ上下させていた。石川さんのご家族にはなんのことかわからない。あれがジープ乗り同士のあいさつか? そう思って帰宅後に石川さんに尋ねたそうです。石川さんは答えました「おそらくシールドを下げろ(倒せ)と言っているんだ。なにをシールドなんか立ててジープに乗ってるんだ! と」。ジープ乗り、ちょっとめんどくさいですね。
もうひとつ感心したのは、車両のフロントエンド、ヘッドランプの脇に上からカバーした郵便ポストみたいなものが付いています。これは何か? いちいちクイズっぽく書いても鬱陶しいでしょうからすぐ答えを書きますが、灯火管制下の運行のためのライトだそうです。こういうクルマは夜間の作戦行動時に上空から見つからないようヘッドランプを点灯せずに走らせることがあります。その際にこのライトのみ点灯すると、車両の前方がほんのり明るくなるそうで(だから上から見えないようカバーがある)、その灯りのみでこっそり走るそうです。ジープにも同じような装備があります。
機能美展は10日まで開かれているので、皆さんも是非、軍用車のこだわりを観にいってみてください。もしかしたら、駐車場には銃座の付いたいかついジープなどが整然と並び、それらにぴったりの格好をしたオーナーたちがたむろしているかもしれませんが、優しい人が多いのでご安心を。質問でもしてみてください。駐車場も屋外展示のようで楽しいですよ。木戸銭不要。マナー必要。
場所:埼玉県入間市二本木100 入間市博物館 特別展示室 (圏央道入間IC至近)
Posted at 2012/06/08 06:15:33 | |
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