「流行とは、見るに堪えられないほど醜い外貌をしているので、六ヶ月ごとに変えなければならないのだ」
これは相当な奇人として知られたアイルランドの詩人、オスカーワイルドの言葉でありますが、私生活での奇怪な行動とは裏腹に、46歳で夭逝するまでに含蓄を感じる言葉を多く残しています。
かく言う私自身、流行というものに決して疎い訳でも忌み嫌う訳でもなく、むしろ新しいもの好きである事を自覚しているのですが、それでも何か「本気の品物」を選択する時にはあまり流行に左右されないトラッドなものに惹かれる傾向があります。
このジャガーEタイプクーペのミニカー、スケール不明の国産品なのですが、今から37年くらい前に上野松坂屋で親に買ってもらったものです。当時の価格は恐らく5000円前後と高価でありましたが、かなり甘やかされて育ったせいもあっておねだりに成功したのでありましょう。
今になって、このミニカーを眺めてみると、その圧倒的な存在感は全く色褪せていないように感じます。そしてこのミニカーこそが、私とジャガーという車との最初の出逢いだったように思うのです。このミニカーを手に入れてから、昼に夜に眺めて悦に入っていた幼稚園時代は折しもスーパーカーブームで、カウンタックやフェラーリBBあたりがアイドルのような時代でありました。それらの車にも大いに魅せられてはいたものの、心の何処かにジャガーという存在が強くあったのでしょう。
それから何年か経って、兄が購読していたカーグラフィック誌を何気なく捲っていた時、一台のサルーンの広告に目が留まりました。それは他のどの車にも無い流麗なスタイルを持ち、薔薇の真紅を深くしたようなワインレッドのXJでありました。その上に「年収3000万円以上の方にジャガーのお話があります」という少しキッチュにも感じるコピーがあり、当時その車がいくらで何処で売っているかも知らない子供にも特別な存在である事を感じさせたのでした。
ここから暫くはジャガーが雲の上の存在だったのですが、ある日他の用事で訪れた尾山台の環八沿いのジャガージャパン本社ショールームでX300ソブリンに触れる事が出来たのでした。この個体はグレイシアホワイトと呼ばれた純白に黒革の組み合わせでしたが、一見退屈な黒一色のインテリアに艶やかなウッドパネルとボディ同色の白いパイピングの組み合わせが美しく、一目で心を奪われました。
当時の価格で800万~900万円の間くらいだったと思いますが、当時学生だった身にはそんな車を買う事が出来るはずもなく、ただ憧れる事が精一杯でした。
その後自分にとっての精一杯の背伸びをしてセドリックの新車を手に入れて、それなりに満足して乗っていた時に再びジャガーとの出逢いがありました。その頃ウチの近くだった聖路加国際病院の並びにジャガーのディーラーが開店し、そこに車を見に行った際に試乗する機会に恵まれたのでした。その頃はX308に進化していましたが、一番ベーシックな3.2のV8と、スーパーチャージャーで武装したXJRの2台でありました。どちらも自分の乗っているセドリックとは全く異質な車でありましたが、XJRには「凄い」という驚きは感じたものの、それ以上の感慨は無くあまりにも非現実的に感じてしまいました。
が、一番ベーシックな3.2のV8の優しい乗り味は「いつまでも乗っていたい」と思える程に心惹かれたのでした。当時スペック至上主義だった若造の私が、それ以外の車の楽しさに開眼した時だったのでしょう。
そのスタンダードモデルは当時の価格で600万円台後半だったと思いますが、それでもまだまだ手の届く代物ではありませんでした。が、子供の頃と決定的に違うのは、単なる雲の上の存在と捉えるのではなく、「次はこの車を手に入れたい」という発想に変わっていた事だと思います。その気持ちは「どうしたら買えるか」という現実的な所を考えて行動する原動力として充分なものだったと思います。
そこから少し時が経ち、X308から350にフルモデルチェンジされる頃になりました。色々な事前情報では「大きなXタイプ」という下馬評もありましたが、いざ蓋を開けてみると一気に進化した乗り味は従来の車に新たな価値を加えた魅力を感じました。それから暫くはセドリックに愛着もあったのですが、家族や周りの人達に背中を押されるカタチで注文書に押印する事となりました。この時35歳で、先のミニカーをねだってから実に30年後の事でした。
そして今、42歳になって思う事は「この大きな買い物は間違いではなかった」と自信を持って言える事です。よく「ジャガーは壊れて金がかかる」という声を耳にしますが、これこそ百聞は一見にしかずでありまして、そんな事はありませんでした。整備代などは国産車に比べれば高い部分もあるものの、「それがどうした」と感じる程に乗る悦びを感じる事で相殺されると思います。
これが多く売れている人気車を嫌う天邪鬼な私とジャガーの出逢いのお話ですが、その後世の中が少し変化してジャガーも外観は大きく変貌を遂げましたが、そのドライバーズシートに収まって走り出すと、嘗て恋焦がれたX308あたりとも共通のテイストを持ち続けている事に喜びを感じます。昨今多くのメーカーが理念を捨てて単純に売れる車を作っていますが、そうした車の多くが10年後に普遍的な存在になるかは疑問に思います。
よく「ジャガーは昔から変わらなくて良いですね」と言って下さる方には『笠智衆さんや菅井きんさんは若い頃から老け役が多いから、年取っても老けないのと同じですよ』と言うのですが、そんな事を考えると現在他に欲しいサルーンが思い浮かばないという結論に達します。
「サルーンはずっとこれでいい」
こんな風に思える買い物って、人生であと何回あるのでしょう…
Posted at 2013/08/18 15:28:05 | |
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