家人の迎えに秋葉原まで出ました。
秋葉原と言っても駅前の賑やかな辺りと異なり、御徒町寄りの新しいビルが多い一角は人や車の往来が少なくて「ここは本当に千代田区?」と感じます。
自宅からは車で20分、オフィスからは10分という程度のこの界隈は自分にとっても馴染みの場所ですが、それこそ秋葉原から御茶ノ水、少し足を延ばして神保町界隈は子供時代から一人で行っていた訳で40年近いお付き合いになるでしょうか。自分でも気づかない間に随分と時が流れたものです。
そんな事を考えていると、自分が車を運転するようになって30年以上が経った訳で、今までの30年とこれから先の時代を考えると、「10年後に還暦を迎える頃にはどんな車を持っているのだろう」なんて事を想像したりするのです。
そして「今どんな車が欲しいか」という事は友達数人が集まると必ず話題になったテーマなのですが、仮に妄想であってもその話のネタになる車が全く存在しない事に気が付きました。いずれにしても今後は電気や水素燃料が主力になる中で、こうした次世代の動力源を持つ車とのお付き合いも出てくるとは思います。実際クラウンの生産終了後はミライを導入する事になるのかなと考えています。
が、ここではあくまで自分自身のプライベートで所有する車を対象に考えた場合、やはり私は最後の最後まで内燃機関に乗り続けると思うのです。
私は自分の乗っている車を下取りに出したり売却するという習慣がありません。
それは心を砕いて自分の考える最高の環境下で維持していた車の持ち主が変わって薄汚れたり無残なドレスアップで走る事を何より嫌うからに他なりません。
余程気心の知れた間柄なら考えるとは思いますが、手放す時は何らかの理由で走る事が出来なくなった段階での廃車という選択肢しか想像付かない訳で、そこまでの労力と費用を掛けるに値する存在が2021年の現行車において全く無いのです。
が、
それでもやはりこの車を今の布陣に加えたい気持ちは持っています。
そう珍しい車ではありませんが、約30年前の車であり手の掛かる事は承知の上でも維持する価値があると思うのです。
V12も決して速く走る為のものではなく、その滑らかな吹け上がりの為だけに作られたのではと思えるもので、メンテナンス性を無視したその半端無い部品点数の多さは芸術品と言えるほどの仕上がりです。
但し芸術品故に正しい取扱いで乗られていた個体は僅かのようで、その見極めがかなり難しいように思います。
そこで価格の事は一切考えずに…
・93年のファイナルモデル
これはディーラーの事情でそれ以前のものを93年として販売された個体がある為。
・ワンオーナーで走行30000km台まで
元々華奢な車なので、それ以上は今後の事を考えると不安である為。
・ステアリングの左右は問わず
出来れば右が良いですが、程度が良ければどちらでも。
・色はリージェンシーレッド一択
この車にはこの色が一番似合うと思うので。
・新車時から社外パーツやナビの取り付け跡が無い事
この車を走らせるのにナビは必要ありませんし、インテリアの美観の問題で。
・願わくば品川34か練馬33のナンバープレート
これは難しいと思いますが、この2つならば継承可能であり、この界隈に住ん
でいた車は保管状態や潤沢なメンテナンスに関して信用出来ると思われる。
もはや自分自身の置かれた環境や運転状況を考えると、これからスポーツカーを持つのも違うと思われます。最新のプレミアムクラスであっても過度な電子化によりせいぜい10年程度が旬ではないかと想像します。
そこで丸目4灯のモデルを新旧で愛でるのは自身の使用環境には適しているように思いますし、趣味としての車であれば手の掛かる事も厭わずに乗れます。
この車が新車で販売されていた頃、今ではMyディーラーとなったジャガー新橋に見に行った事がありました。当時はXJ、XJS、ダブルシックスのみの取り扱いで、今のコーンズ以上に敷居の高いディーラーでありました。
その時に出てきた女性スタッフも敷居の高い店舗に合わせた塩対応で、その時まさかこれほど付き合いの深いディーラーになるとは想像もしなかったものです。
たまに「昔はお宅愛想悪かったよね」と笑い話になりますが、恐らく当時は日本で一番ダブルシックスを販売したディーラーであり、上の条件を満たした個体をお持ちのオーナーさんも数人居られるので、「もし手放される時は」と声を掛けて下さるそうです。
相当厳しい条件ではありますが、ここは気長に待ってみたいと思います。
Posted at 2021/02/07 16:53:39 | |
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